浅はかな私へ。
48歳。
読書習慣、ほぼなし。
真面目なときもある。
不安になりやすい。
人見知り。
でも、たまに自分でも驚くような大胆なことをする。
人当たりはたぶん悪くない。
普通のおばさんには、うまく擬態できていると思う。
そんな私が、大切な人から言われた。
「君の言葉には重みがない」
なんで?
どうして?
どこが?
大好きだと伝えても、薄いと言われる。
本心なのに。
じゃあ、ちゃんと説明しよう。
言葉を足して、回りくどく伝えてみる。
今度は嘘くさいと言われる。
どうしろというのだ。
八方塞がりだ。
そんな頃、通信大学を受験した。
短大を出てから、ずいぶん経つ。
子育ても少し落ち着いた。
48歳。
今さら大学?
学歴へのコンプレックスもある。
大学生になった息子たちに、母が勉強するという姿勢を見せたかったのもある。
だったら勉強してみるのはどうだろう。
大学に行ったら友達だってできるかもしれない。
私には、本当に友達がいない。$
なぜ48歳で?
ただ思い立ったから。
歳を取れば、記憶力はもっと落ちるかもしれない。
だったら今だ。
そして、落ちた。
小論文を3本書いた。
そのうちの1本は、本を読んで書くものだった。
不合格の文字を見たとき、ふと思った。
やっぱり、私の言葉は薄いのか。
悔しいので、もう一度受験した。
そして、また落ちた。
2回目。
さすがに、ちょっとへこむ。
そして、本を読んでみることを思いついた。
100冊。
愛って、なんだ。
幸せって、なんだ。
賢い人って、どんな人だ。
夫婦って、なんだ。
子どもとは、どのくらいの距離にいるのがいいんだろう。
なんのために働くんだろう。
老いるって、どういうことだ。
私は、何を残して死ぬんだろう。
知らない。
分からない。
考えたことすらないものもある。
もう一つ。
最近、時々考える。
私は、何が好きなんだろう。
昔の私なら、登山なんて絶対にしなかった。
というか、今でもそんなに好きじゃない。
登っている最中はつらい。
なんで私はこんなことをしているんだ、と普通に思う。
でも、あのつらい登りのあとに見る景色は最高だ。
屋久島まで縄文杉にも会いに行った。
筋トレも始めた。
夜通し60km歩くウォーキング大会にも参加する。
昔の私なら、全部やらなかった。
大切な人が好きだから、やる。
一緒だからやる。
一緒だから楽しい。
じゃあ、一人だったら?
たぶん、やらない。
それなら。
私は、何が好きなんだろう。
48年も一緒にいるくせに、私は私のことを案外知らない。
だから、本を読んでみる。
ここは、読書家が本を解説する場所ではない。
専門家でもない。
読書習慣すらなかった48歳が、本を読んで、考えてみる場所。
分からないものは、分からない。
理解できなかったら、理解できなかったと書く。
格好悪いことも、書けるところまで書いてみる。
誰かに人生を教えたいわけじゃない。
そもそも、教えられるほど分かっていない。
ただ、私と同じように自分のことをあまり好きじゃない誰かが、ここに迷い込んできたら。
私も同じだよ。
と言えたらいい。
私も、私を好きになりたくて足掻いている。
私の好きを知りたくて足掻いている。
100冊後。
私は、今よりもう少し私を好きになっているだろうか。
100冊後の私へ。
どうだ?
たぶん、こう言う。
「100冊読んだけど、まだ自分を好きになれた気がしないな。なかなか手強いよ、私は。」
まあ、それでもいい。
とりあえず、一冊目を開こう。